息子は最近よく怒りを表す。一昔前の怒りは単にお腹すいたや眠たいでしかなく、無論今もその怒りは日に何度も表すのだが、最近特徴的な怒りは、「違う、そうじゃない」だ。

バスに乗っていて「あれ何？」と聞いてくる。あれ、とは何だろう。息子は指を差す。だがその不安定な指差しでは何を聞いているのかはわからないことも多い。何？何？何を聞いてるの？と聞き返す。お父さんに自分の言ってることが伝わっていない。息子は「あれーっ！」と怒りを表す。だがやはりあれではわからない。伝わらない。

何色のやつ？何のとなり？丸？四角？いろんなヒントを手掛かりにしようと問い返す。それで伝わることもあるし、やはり伝わらないこともある。

大人なら、言葉で伝えたい何かをより具体的に表現して伝えようとする。だが3歳児にはその技術も語彙も足りない。だから癇癪を起こす。お父さんだから普段からの彼の関心や彼だけの言葉のクセも知っている。なにより、彼のことを理解したいと、コミュニケーションしたいと願っている。それでも通じないものは通じない。こちらからのアシストと、彼の側の熱意とでコミュニケーションはどうにかこうにか続いていく。

僕は、この珍道中的コミュニケーションがとても良いと感じている。彼の怒りは、バスの中では少し困るけど、困るからといって押し黙られる方がもっと困る。彼の怒りは、伝えたいという欲求。わかってもらいたいという欲求だから。その欲求があるから、人は成長する。誰かに何かを伝えたいから言葉を覚える。高度な表現を修得しようとする。伝わらない時、「もういいや」と諦めてしまっては成長はそこで止まる。もう少し大きくなったら、そこに悔しさという感情が加わるだろう。でも今は、怒りで十分。その怒りこそが表現力の源泉。それ以外に向上のヒントは無い。怒ってくれるのは、ありがたいことだ。大人の社会性を優先して、小さい人の向上の糸口を殺してはいけない。たとえバスの中で多くの乗客に煩がられても、子供の伝えたいという気持ちを諦めさせてはいけない。仮に誰かが文句を言ってきたとして、その時に盾となるのが親の役割だろう。だが、直接文句を言ってくる他人はなかなかいない。子供の気持ちを諦めさせるのは、ほとんどの場合、社会的に体裁を保ちたいという親のエゴなのだろう。その気持ちはもちろん僕にもある。静かにしてくれてればどんなに楽だろうと思うことは少なくない。でも、それと引き換えに彼が失うものの大きさを考えれば、日々の社会的体裁などなんと小さな自己満足なのだろう。

ということを、自分に常に言い聞かせたい。見知らぬ誰かのせいにして自分の一時的な平穏のために子供の口を封じることは、子供の表現力を奪い、向上心を奪うのだと。