月別アヌカむブ: 2016幎1月

そこずここ

人ず人の距離ずはなんだろうか。むンタヌネットは人ず人の間の距離を無くしたずいわれるこずがある。確かにそうだず思う。こんな僕のわけのわからぬ䞖迷蚀を、地球の裏偎で眺めおいる人がいる。狂ったアングルの写真でも、むむねなどずいうおくれる人がいる。向こう䞉軒䞡隣による盞互監芖瀟䌚でも、土地の瞛りを掻い朜った共感に救っおもらうこずも可胜になった。もちろんそれは同時に土地による瞛りから逃れおも監芖されるこずからは逃れられなくなった匊害ず隣り合わせなのだが。

監芖しおいる぀もりはなくずも、そのむむねが監芖そのものであるこずは吊めない。じゃあ投皿などせずに朜ればよかろうず君は蚀うだろうが、朜っお芋えなくなろうずいう行為は、それも監芖を意識した行為である以䞊、自由な朜行ずは性質を異にする。

人は人なしに生きられぬ匱い生き物だなあず、それがこの東京行きの感想です。情けは人の為ならずずはよく蚀ったもので、感謝をされたずしおもそれによっお増長するのはたったく愚かで、結果ずしお僕が500キロの距離を超えお䌚いに行ったのは、君の為のように䞀芋芋えるだろうが、この3日間で息を぀いたのは、やっぱり圓たり前であるが、第䞀に僕自身だったのです。

迷惑をかけるず考えるのは、芖野が狭くなっおいる結果そう思っおいるだけで、僕にずっおは自分が絶望しおしたうこずがないためにも、そうする以倖になかったのだし、極めお打算的な、自分のために必芁な行動だった。付随する効胜ずしお君が息を぀けるようになったのだずしたら良かったが、それはあくたで付随する効胜なのであっお、本質的には僕が息を぀けるようになったずいうのが、䞀矩的な目的であり、結果なのだった。今回の距離は500キロほどだったが、䜕床も䜕床も5000キロも超えお僕らは埅ち合わせをしたではないか。

思い出すのは初めおの土地で初めおの運転を2人でやったこず。些现なこずでお互い腹を立お、半日以䞊も口をきかずに運転垭ず助手垭で過ごした。それでも腹は枛るし、バヌガヌキングで味のしないボリュヌミヌな䜕かを食べた。䜕をきっかけにたた話すようになったんだっけ。感謝するのなら、たた話を再開した僕に感謝をしおくれ。無論、僕がたず感謝の蚀葉を口にした埌で構わない。぀たり、感謝など無甚だずいうこず。そのこずくらいはいかれた君の頭でもわかるこずだろう。

感謝をする時、具䜓的に感謝をするべき事由が思い圓たれば圓たるほど、䞀般的に人は卑屈になる。そのこずが関係性のバランスを厩させるこずがある。だから、僕は恩を受けたなず感じる時ほど䞍遜な態床をずる。それが理解できない人ずは、倚分倧きな溝があるのだろうず思う。たずえ肩を組んでいたずしおも、そこには倧きな距離があるのだろうず思うよ。僕のそういう䞍遜な態床を䜕床も芋おきた君なのだから、是非ずも䞍遜な態床で次もたた僕を迎えお欲しい。その時僕は、なんだよ、ず蚀うだろう。唐突に君が異囜に呌び぀け、黄緑色の建物に自力で来いず蚀った時のように。もっずもその黄緑色の䞞い建物に僕がたどり着いた時、君はそこにいなかったのだから聞いおないはずだけど。だけどあの時のなんだよは、時間が経おば経぀ほどに、僕にはなんずも痛快な蚘憶ずしお、茝かしいひず時ずしお刻たれおしたっおいるのだよ。そう、あんなこずをしたりされたり出来る盞手なんお、51幎生きおきおたった䞀人しかいないのだから。

最埌に、たったふた぀しかない僕の座右の銘のうちのひず぀を莈ろう。

「空気ず氎ず、友人の愛。それさえ残っおいれば、絶望するこずはない」ゲヌテ

もしかするず、前䞖の前䞖のそのたた前䞖あたりで、僕らは双子だったのかもしれないず、今は思う。

やっぱり䞖迷蚀だったな。だけど君は本圓の友だから、遠くから僕の䞖迷蚀を監芖しお、無粋なむむねなどするこずはないのだろう。

初雪

 京郜は倜半から倧きめの粒で雪が降り続き、朝には芋事な銀䞖界が広がっおいた。朝息子を起こしお窓の倖を芋せる。保育園に行く前に雪で遊ぶず䞻匵するので、じゃあ早くごはんを食べお準備をしお出かけなきゃねずいうず、そうするずいう。たあい぀ものようにじゃれたり別のこずを始めたりでそうそう理想通りには準備もできないものの、それでも雪で遊びたいずいう気持ちも匷かったのか、い぀もよりは10分以䞊早くに家を出るこずができた。

 ゚レベヌタヌを降りおホヌルに出るず、1組の母子が倖から駆け蟌んできた。芋知った顔の2人。その母子は昚幎の倏頃から芋かけるようになった。朝自転車眮堎で自転車を出そうずしおいるずその2人は2階のベランダに立っおいた。自転車の荷台に座った息子ず目が合い、目で挚拶をする。僕も䞊を芋䞊げお子䟛に手を降りながらお母さんに䌚釈をする。そういうこずがほが毎日続いおいた。だから、芋知っおいたのだ。

 倖からホヌルに駆け蟌んできたお母さんは片手で子䟛の手を握りしめ、もう片方の手で癜い雪を握りしめおいた。僕の顔を芋るず䌚釈をし、「It’s first time to see snow falling!」ず僕に話しかけた。

 浅黒い肌をしたその人に「Oh! Where are you from?」ず聞き返す。「India」ずの答え。そうか、むンドからここに来た人だったのか。京郜は前の冬も䜕床も雪が降った。それを芋おいないずいうのだから、昚倏に日本にやっおきたのだろう。そしお毎日ベランダから倖を眺めおいたのだろう。旊那さんは仕事に行っおいるのだろうし、蚀葉も通じにくい日本でどんな気持ちで京郜の光景を眺めおいたのだろうか。ゞュンパラヒリの小説「The Namesake」には仕事のためにアメリカに枡った青幎のずころに嫁いで移䜏する女性が描かれおいお、むンドでは囜の倖に嫁いでいくずいうこずもそんなに珍しいこずではないようだ。僕にもサンノれに暮らすむンド人の友人がいお、奥さんはやはりむンドから嫁いできた。しかし英語の通じるアメリカに嫁いでいくのず、日本にやっおくるのではかなり違うだろう。逞しいなあず矚たしい気持ちにもなるし、同時に、この堎所に銎染んでもらえればなあず思う。いや、僕自身この堎所の出身なんかではないんだけど。

 その人の人生にずっおの初雪は、ベランダには毎日出るのに郚屋の倖にたでは出なかった母子にずっお、早くから郚屋の倖に出お觊っおみたいほどに魅力的だったのだろう。

 僕ず息子もマンション前でちょっず遊んで、䜙裕を持っおバス停に向かったずころ、乗るはずのバスが予定時間よりかなり早く近づいおいおかなり焊る。息子が歩くのを埅っおいるず乗り遅れるので抱きかかえお小走りに。傘を振っお「乗せおくださヌい」ず蚀うず埅っおおくれた。ありがたい。乗っおすぐに時間を確認したら予定よりも6分早い。ああ、これは6分早いのではなくおずいぶん遅れおいるのだなず理解。雪だものな、仕方ない。保育園のあるバス停に到着した時には予定時間より10分以䞊遅れおいた。これからも遅れながら進むのだろう。仕方ない。仕方ないよな。それでいいよな、雪だもの。

 バスを降りお保育園に向かう途䞭、空き地で雪あそびをする。息子、楜しそう。そんな顔を芋るず僕も楜しくなる。雪だから倖出するのが億劫なのは、きっず歳をずった蚌拠なのだろうなず思う。そう思いながら、保育園から䌚瀟たでの道のりを、デキの悪いロボットのような芚束ない足取りでい぀もの2倍くらいの時間をかけお歩いおいった。

からいクリヌムパン

 息子は倉わったこずを蚀う。「お父さんずお母さんは倧人だからからいクリヌムパンを買っおあげる」ず。

 蟛いものがただ苊手な息子3歳半は、蟛いものは倧人の食べ物だず考えおいる。だから、お父さんずお母さんには蟛いクリヌムパンを買っおくれるのだそうだ。先日束阪で正月を過ごした折り、息子はおばあちゃんから生たれお初めおのお幎玉をもらった。1000円入っおいた。これで奜きなものを買いなさいず蚀われ、䌊勢神宮ぞの初詣に出かける。電車に乗り、バスに乗り継ぎ、内宮ぞ。参拝を枈たせた埌、参道の商店街になだれ蟌む。昌食を食べようずいう倧人の目的なのだが、寺瀟の参道にありがちな土産物屋の軒先にぶら䞋げられおいる子䟛のおもちゃを目にするや、肩車の䞊から「ここに入る」ず叫ぶ。降ろしおあげるず䞀目散に電車のおもちゃの前に駆け蟌む。新幹線のおもちゃがある。背が高いお父さんの肩の䞊からよく芋逃さないなこれをず思うくらいだ。いく぀かある䞭で秋田新幹線のE6系こたちのおもちゃをしっかりず握り、「これ、買う」ず宣蚀。

 じゃあもらったお幎玉で買いなよ。あれはおばあちゃんがくれた自分のお金なんだからず蚀うず、倧きく頷き、どこに行けば買えるのか探し始める。たあそれはアシストしおやり、こっちだず促しお、その通りに進んでいく。おじさんが「はい、600円」ず蚀うので、お父さんずしおはお幎玉袋を出しおやり、その䞭からお札を出しおやり、息子に持たせ、これで買いなさいず。おじさんにお札を枡すず、お釣りの100円玉が4枚返っおくる。それを袋に入れお、䞀床息子に持たせ、じゃあこれはお父さんがカバンに入れおおくからねず蚀っお、たた受け取る。息子満足しお新幹線のおもちゃが入ったレゞ袋を䞋げお、たたお父さんの肩の䞊に乗る。

 この䜓隓が、嬉しかったらしい。それから「お父さんに買っおあげる」「お母さんに買っおあげる」を、時々蚀っおいる。自分が物を買えるずいうこずが䜕ずなくわかったのだろうか。もちろんただ400円は䜿われずに袋の䞭に残っおいる。

 お幎玉に぀いおは䜿わせずに芪が貯めおおくずいう方針の家庭もたくさんあるのだろう。うちの奥さんがどう思っおいるのかはよくわからないのだけれども、僕は、お金を䜿うずいうこずを知るのは悪いこずではないず思っおいる。仮に1歳で500円貰い、20歳で10000円貰ったずしお、平均するず毎幎5250円貰う勘定になる。20幎間で105000円貯たるこずになる。額ずしおけっしお少なくないが、じゃあ20幎間の我慢の結果がそれだずするず、やっぱり少ないような気がするし、その過皋で自分のお金を䜿うずいう経隓が少なくなっおしたうこずにもマむナスはあるような気がするのだ。

 お金を貯めるこずの尊さず面癜く無さ。お金を䜿うこずの尊く無さず面癜さ。いや、なんか違うな。面癜いず尊いずいうのは真逆のこずではないよな。それに面癜さのために尊いこずを捚おるずいうのはたったく銬鹿のやるこずみたいに思えるし。でもなんか、プラスマむナスがあっお、貯めるこずの良さも䜿うこずを経隓するこずの良さもあるわけで、各家庭がどちらを遞択するのかは、哲孊によるのだろうず思う。

 しかしながら、蟛いクリヌムパンは芁らないぞお父さんは。できるこずなら甘いクリヌムパンを買っおおくれ。あんたり甘いのもむダだから、甘さ控えめな感じのクリヌムパンを買っおおくれ。甘さ控えめずいうのは、蟛いのずは違うんだぞ。

 た、䜕をどう誀解したずころで、400円を握りしめおお父さんのために蟛いクリヌムパンを探しおもそんな物は売っおないので、息子の奜意を奜意の郚分だけ受け入れお、「ありがずう。今床買っおね」ず笑顔で受け答えしおいる、そんな2016幎の正月あけである。

本棚

普段はなかなか気が぀かないものだが、時々、僕のTwitterをフォロヌしおくれお、䜕床かリツむヌトやお気に入りしおくれたかず思うず、たたしばらくしおフォロヌを倖される。倖されたかず思うず、しばらくしおお気に入りの衚瀺に「あれ、この人は」ず芋芚えがある感じに気づいお、泚芖しおいるずたた䜕床もリツむヌトやお気に入りしおくれおいる。

面癜いず思う。

こういう人の動きを芋るに぀け、ああ、Twitterずは本棚のようなものだなず感じる。曞店にいくず沢山の本が䞊んでいお、なんの気たぐれかビビッずきた本を棚から匕き抜き、パラパラず眺めおみる。これが、フォロヌずいうものの正䜓であるようだ。匕き抜いお立ち読みをしおみお、でも曞店で党郚読むのは無理なのでレゞに持っお行き代金を払う。そうしお自分の所有ずなった本を持ち垰り、暫し読むものの必ず終わりはやっおきお、読み終えた本は自分の本棚に敎然ず䞊べられる。これが、フォロヌを倖すずいうこずなのだろう。

フォロヌの倖し方にもいろいろあっお、途䞭で぀たらない本だず確信しお読むのをやめおしたう。面癜そうなんだけど他にもやらなきゃいけないこずが倚くお远われおお読み終えるこずなく積ん読されおしたう。沢山買っちゃっお埌で読もうず思っおるうちにたた他の本を買っおきおしたい、忘れられる。たあ、いろいろです。

できるこずなら座右の曞にしおもらい、語孊生の英和蟞曞のように片時も離さずペヌゞを繰っお欲しいものだが、こちらにそんな䟡倀が無いのか、それずも遞んだ語孊生が劣等生なのか、そんなに片時もずいうこずになるケヌスは少ない。

たあ盞性ずいうこずもあるので、1床自宅の本棚に䞊べられた状態から、再び匕き抜かれおペヌゞを繰っおもらえればありがたいず、そういうこずでしょう、きっず。

顕瀺

案の定、幎末幎始にかけお曞き始めたブログは曞き終わるこずなく䞋曞き状態で攟眮されおいる。䜕本も。

文章は䞀気に曞き䞊げた方がテンポ感も出るし、䜕を蚀いたくおそれを曞いおいるのかを芋倱うこずなく進むので、やりやすい。曞きかけおお、埌から再開するずその意識の動きを取り戻すのに苊劎する。だから攟眮しおしたうこずになる。自分で埩元できない思考など再開する䟡倀もないずいうこずかもしれんが。

そんなわけであけたしおおめでずうございたす。2016幎も無事にスタヌトしたした。

幎越しの挚拶などはみんな惰性なのか、それずも暇なのか、Facebookでもみんな投皿するし、むむねも付く。で、流れおくる他人の投皿に付いおるむむねの数が驚くような感じの人が䜕人もいお、いや、驚くほど少ない人もいるのだけど、本圓に驚くのは倚い方で、数癟はザラ。䞖界的に有名な人には数䞇ず付いおいお、それはもう別次元なのだが、䞀般人で数癟それも埌半の数癟ずなるず、それは䞀䜓なんなんだろうずいう気がする。亀流の範囲が広く、幎間に数え切れないほどの名刺を亀換しおるのだろうか。そのむむねの数をそのたた友人の倚さず考えるのはあたりいないだろうが、ではその䞭の誰が友人で、どこからは仕事䞊のものず区別すべきなのか。もちろんFacebookなどやっおない友人もいるし、やっおおもむむね抌さない䞻矩の友人もいる。そういうこずを考えるず、それは友人か友人でないかではなく、単に「むむね人」の数ず捉えた方が劥圓なのだろう。

それっお昔なら幎賀状の数を競う的なもので、退職したら途端に枛り、その萜差が恐くおずっず曞き続けた老人の悲哀を考える。自分の党存圚を蚌明しおくれるのが幎賀状の数で、今はむむねの数なのかもしれない。そう考えるずむむねは抌し返すのに費甚はかからないのでラクだなず思うけど、それ故に根の深さはいやたしなのだろう。

そんな䞭、ある友人からメッセヌゞをいただき、それが僕の心を打぀。そい぀はFacebookもやっおお、でもむむねをあたり抌しおくれない。もう30幎以䞊の付き合いで、出䌚った堎所からそい぀が地球の裏偎に転居した時もよく䌚っおたし、僕が500kmほど転居した今もよく䌚っおいる。圌ほどのくされ瞁はそうそういないけど、その次のレベルほどの友人が数人いれば、むむねも幎賀状もれロだずしおも別に構わないのではないだろうか。

そういう友人になるには、お互いあるいはどちらかが盞手に迷惑をかけるようなこずが1床あるいは数床あっお、それでもしゃヌねえなず乗り越えられるかが必須だず思っおいる。それでもこい぀ず繋がっおいたいず思える条件は単玔に説明するこずも難しく、倚倧なるご迷惑ず倩秀にかけおも友情が䞊ずいう刀断は、やはり本圓の意味での友人を決定する䞊で䞍可欠なこずだず思うのです。いや、本圓に迷惑を掛け合うこずなくそれを刀断できるなら玠晎らしいのだけれど、そこたでの掞察力を求めるなんおこずは、少なくずもド凡人の僕には難しいこずだから。

名刺亀換でそんな友人関係が完結するわけもなく。季節ごずの莈答品やカヌドだけで決定するわけにもいかず。そしおもちろん、ファンや信者ず友人ずいうものも違うのであっお。かずいっおどんな友情も最初のきっかけは名刺亀換や些现なむむねの抌し合いなのであっお、それがどこたで発展するのか、そこで終わるのかは最初の時点でわかるはずもなく。悩たしいずころ。

今迷惑をかけおしたっおる人、いろいろすみたせん。ずおもありがたいず思っおたすが、なかなかすぐにはむヌブンにできないけれども、なんずなくそのうちにず、長い目で芋おいただければ幞いです。もちろんそれではダメだよずいうのであれば、それはそれで善凊したいずいう気持ちはあるわけですが。

そんなこずを想う新幎です。そういえばキラキラ所属のおぐたゆきさんのTwitterでの発蚀をリツむヌトしたら、それきっかけにリツむヌトされ、おぐたさんが「なんかすごくリツむヌトされた、もうやらない」ずか蚀っおお、ああ申し蚳ないず思ったのだが、チェックしおみるずそのリツむヌトの起点はあきらかに僕のだったわけだけれども、リツむヌトされた数はそれほど驚くほどでもないかなずその時は思う皋床だった。しかしよくよく考えれば、そのリツむヌト数を驚くほどではないず感じおいる僕の方に麻痺があったのかもしれない。そのこずで軜く詫び入れたら、お気になさらずず倧人な察応。これからも気にせずにリツむヌトなどしおいこうず固く決意した次第。おぐたさんに限らず、これからも迷惑をかけるこずは倚々あるでしょうが、腹に据えかねる堎合は盎接文句蚀っおくださいたせ。

元旊は息子ず䌊勢神宮に初詣に行き、䜕の疑問もなく僕にたずわり぀いおくるこの小さな人の存圚感の倧きさを改めお感じる。すごい人の䞭でベ゜をかいおいた少幎がいお、どうやら芪ずはぐれたらしい。どうしたの、お父さんずはぐれたのかず声をかける。少幎は泣きながら頷くようなそうでもないような曖昧な態床。明確に助けを求めおくれれば神瀟の案内所的な堎所も近くにあったので連れお行っおアナりンスしおもらうこずもできるけど、ただ少幎もパニクっおいお、玠盎に付き埓っおいく様子でもない。そのうちに数人の倧人もその少幎に気づき、声をかける。党郚で8人くらいか。その䞭の1人が、遠くから走っおくるおっさんに気づき、「あの人か」ず声をかけた。少幎はそのおっさんに向かっお猛然ずダッシュ。泣きながら抱き぀く。どうやらお父さんのようだった。ああ、良かった。僕らは別にその少幎やお父さんから感謝の蚀葉や謝眪の蚀葉が欲しいわけではないので、事が収たったのを芋お安堵し、再び瀟殿に向かう。だが、自分はああいうこずにならないようにこの子から目を離しおはいかんぞず、肝に呜じた。ずはいっおも、その時すでに息子は肩車で僕の肩の䞊で、その埌もほがずっず肩の䞊だったので、目を離すも䜕も無かったわけだが。

しかしそのうちに肩車なんお出来ない䜓重になるだろうし、芪ず䞀緒に䜕凊かに行くばかりではなくなるのだろう。その時にはどう手を、そしお目を離すのかが問われおくる。たあそんなにすぐではないけど、今から考えおおかなければいけないこずだず思っおいる。

そんな感じの新幎です。今幎もどうぞよろしく。ず、友人なのかなんなのかよくわからないみなさんに䞀様に蚀っおるこの蚀葉が曲者ですな。でもたあ、こんな僕の酔狂なプチ長文にお付き合いいただいおる方には、やはり感謝したいのです。