息子は変わったことを言う。「お父さんとお母さんは大人だからからいクリームパンを買ってあげる」と。

　辛いものがまだ苦手な息子3歳半は、辛いものは大人の食べ物だと考えている。だから、お父さんとお母さんには辛いクリームパンを買ってくれるのだそうだ。先日松阪で正月を過ごした折り、息子はおばあちゃんから生まれて初めてのお年玉をもらった。1000円入っていた。これで好きなものを買いなさいと言われ、伊勢神宮への初詣に出かける。電車に乗り、バスに乗り継ぎ、内宮へ。参拝を済ませた後、参道の商店街になだれ込む。昼食を食べようという大人の目的なのだが、寺社の参道にありがちな土産物屋の軒先にぶら下げられている子供のおもちゃを目にするや、肩車の上から「ここに入る！」と叫ぶ。降ろしてあげると一目散に電車のおもちゃの前に駆け込む。新幹線のおもちゃがある。背が高いお父さんの肩の上からよく見逃さないなこれをと思うくらいだ。いくつかある中で秋田新幹線のE6系こまちのおもちゃをしっかりと握り、「これ、買う！」と宣言。

　じゃあもらったお年玉で買いなよ。あれはおばあちゃんがくれた自分のお金なんだからと言うと、大きく頷き、どこに行けば買えるのか探し始める。まあそれはアシストしてやり、こっちだと促して、その通りに進んでいく。おじさんが「はい、600円」と言うので、お父さんとしてはお年玉袋を出してやり、その中からお札を出してやり、息子に持たせ、これで買いなさいと。おじさんにお札を渡すと、お釣りの100円玉が4枚返ってくる。それを袋に入れて、一度息子に持たせ、じゃあこれはお父さんがカバンに入れておくからねと言って、また受け取る。息子満足して新幹線のおもちゃが入ったレジ袋を下げて、またお父さんの肩の上に乗る。

　この体験が、嬉しかったらしい。それから「お父さんに買ってあげる」「お母さんに買ってあげる」を、時々言っている。自分が物を買えるということが何となくわかったのだろうか。もちろんまだ400円は使われずに袋の中に残っている。

　お年玉については使わせずに親が貯めておくという方針の家庭もたくさんあるのだろう。うちの奥さんがどう思っているのかはよくわからないのだけれども、僕は、お金を使うということを知るのは悪いことではないと思っている。仮に1歳で500円貰い、20歳で10000円貰ったとして、平均すると毎年5250円貰う勘定になる。20年間で105000円貯まることになる。額としてけっして少なくないが、じゃあ20年間の我慢の結果がそれだとすると、やっぱり少ないような気がするし、その過程で自分のお金を使うという経験が少なくなってしまうことにもマイナスはあるような気がするのだ。

　お金を貯めることの尊さと面白く無さ。お金を使うことの尊く無さと面白さ。いや、なんか違うな。面白いと尊いというのは真逆のことではないよな。それに面白さのために尊いことを捨てるというのはまったく馬鹿のやることみたいに思えるし。でもなんか、プラスマイナスがあって、貯めることの良さも使うことを経験することの良さもあるわけで、各家庭がどちらを選択するのかは、哲学によるのだろうと思う。

　しかしながら、辛いクリームパンは要らないぞお父さんは。できることなら甘いクリームパンを買っておくれ。あんまり甘いのもイヤだから、甘さ控えめな感じのクリームパンを買っておくれ。甘さ控えめというのは、辛いのとは違うんだぞ。

　ま、何をどう誤解したところで、400円を握りしめてお父さんのために辛いクリームパンを探してもそんな物は売ってないので、息子の好意を好意の部分だけ受け入れて、「ありがとう。今度買ってね」と笑顔で受け答えしている、そんな2016年の正月あけである。