今朝ほど誰かがツイートで「ローソン、特区で農業　各地で企業参入相次ぐ」という話題について「これで荘園化が進む」という趣旨のことをつぶやいていた。15万人をフォローしている僕のタイムラインは秒速でどんどん変わっていくので、その人がどなただったのかも正確にはどういう表現だったのかももはや確認する術はない。ただ、その「荘園化」という言葉はとてもインパクトがあって、瞬時に脳に焼き付いた。

　荘園というものがどういうものかを歴史的に振返るほどの時間的余裕はないが、イメージとしては豪農がいて、その人が経営する農園があって、そこに小作農民がやってきて実際の労務を担当するというもの。当然農民は働いたことへの対価を得るが、作物を売って得る儲けの分け前にあずかることは出来ない。

　それは、なんかどこかで見たことあるデジャヴだなと思ったが、要するにそれはイオンである。

　大店法が2000年に廃止されて規制が緩和され、それまでとは違い大型店舗が可能になっていったことで、既存の商店がシェアを奪われ存続できなくなり、廃業してイオンの社員としてイオンで働くようになった。小売店を個人でやってきた人たちに努力不足がなかったかと言えばもちろんあったのだが、じゃあどこまで努力をすればイオンに対抗できるのかといえばそこに答などなく、やはり大資本に勝てる個人商店というのはよほどの例外的な事例以外にはあり得ない。

　僕のビジネスである音楽では、日本にバージンメガストアが進出してきた時、地域の小売店で働いていた店員さんがリクルートされ、それまで店員さんが働いてくれていたレコードショップは社長が毎日の品出しをしなければならなくなった。バージンだけならよかったのだろうが、その後タワレコが国内盤を本格的に扱うようになって東京ではメガショップが乱立。当然店員の確保が必要で、コンビニで店員を集めるよりも、小売ショップの店員を連れてきた方が商品知識もあるということで格好の狩り場となった。店員も場末のオッサンショップで働くよりはタワレコのエプロンをして働く方がナンボかカッコいいと思ったのか、どんどんと地域ショップからメガショップに転職していった。

　そうやって地域ショップを壊滅的にしていったタワレコやHMVだが、今度はamazonが海の向うからやってきた。インディーズも含めた品揃えではリアルショップは対抗が出来ない。渋谷のタワレコだけで20万枚の在庫だが、それでさえインディーズの無名バンドのCDはほぼ無いといっていいだろう。しかしamazonにはある。それが送料無料で手に入るのであれば、まあそちらを使うのが普通になってしまう。CDが売れなくなったと言われているけれども、amazonにシェアを奪われてリアルショップが売上を落とし、それまでのような経営が成り立たなくなったというのが実際のところだ。で、それはイオンに商圏を奪われた商店街のオッサン店舗の末路とあまり変わらない。人は大きなものに巻かれるしか無いのかもしれない。

　で、農業だ。日経の記事によれば「新潟市の特区では農業生産法人の設立要件を緩和した」そうだ。個人的には日本の農業は後継者不足が深刻で、だからいずれ法人がそこに入っていくしか無いと思っている。そうでなければ今よりも補助を手厚くし、次世代の若者にも魅力的な職業にしていくしか無くなるが、それも難しい。だとすれば法人が農業をしやすくするということは必然ではあるけれども、ではそれで簡単にことがおさまるのかというと、そうはならずに法人王国による荘園で小作の個人農民が働くという構図が、将来的には不可避の未来として見えてしまって、なんだかなあもうという気持ちにならざるを得ない。

　理想というものは常にあるのだ。大店法が2000年に今のような形になる時も、ベースには理想論があった。それは旧来の大店法によって過度に守られていた個人商店による弊害というものもあって、だから巨大資本にもちょっと有利な仕組みを作ろうという（もちろん外圧もあった）のが2000年の事情だったわけだが、そのバランス変更の理想などビジネスの理屈の前にあっさりと押し流されてしまい、結果がシャッター商店街だ。それでもイオンが地域の生活に根ざして共に繁栄するのならまだ良い。だが採算が合わないとなると平気で撤退する。そうなると既に多くの商店街が廃業している状況で住民はモノを買う場所が無くなってしまう。地域社会を根本からおかしなことにしてしまうのだが、そんなことは企業の論理の前には何の価値さえ持たぬのだ。

　小泉政権の時にいろいろな規制が改革されて（大店法はその前、森政権のとき。念の為）、その時の理念としては僕はある程度正しい流れだと思っていた。頑張れば稼げる状況というものが無ければ人は頑張らないと普通に思うからである。だが規制緩和をもっぱら自分の為だけに用いる人たちがやはり存在して、それがどんどんと悪い方向に向かってしまう。今の時代に正社員と派遣社員とフリーターという階層があることは常識になってしまったが、本来は「自由に人生を設計したい」と思う人の暮らし方の幅を広げるためにそういう働き方は生まれたはずである。しかし企業はその制度を人件費削減に利用して、全従業員の中で正社員が何割、派遣が何割、フリーターが何割、あと外注が何割といったような構成を普通にしてくる。そうすると正社員として企業に忠誠を誓う代わりに安定した職を得たいと思っている人まで派遣としてしか働けなくなったりして、なにか本末転倒の状態が常態化している。無論企業には企業の論理があって、個人の生活の質を貶めることになったとしても企業価値を高めなければならないらしく、結果として優先順位は個人の方には向いていかない。制度の理想よりも現実の功利が先に立って、社会は個人に厳しくなっていく。なかなかにもどかしいなあと思う。

　で、農業だ。特区は日本の農業に未来をもたらすと思う。それは農業従事者の平均年齢を考えれば当然のことだ。若者は田舎に帰って農業で生きていく覚悟は出来なくても、大企業ローソンの社員として働く決意は出来るのだ。その方が楽そうだし、カッコ良さそうだし。それはまさにレコードショップの例ともオーバーラップする。おっちゃんが経営するレコードショップのバイトをいくらやっていてもカッコ良くもなければ、その店の跡取りとして経営側に回れる見込みも薄いが、タワレコの黄色いエプロンを付けていれば、とりあえずかっこよさそうだし、もしかしたら出世して課長くらいにはなれるかもという希望も持てる。例え毎日の業務が品出しとレジ打ちであるという点が一切変わらなかったとしてもだ。

　しかし、それは結局企業による労働力の囲い込みにしかならない。個人として小さな店を経営することの苦労と喜びというものは、イオンの店員には持ち得ない。人がどのような職業を選択するのかはまさに個人に委ねられているのだが、生まれ育った田舎で小売店を細々と経営するという選択がもはや不可能なレベルになってしまっているように、生まれ育った田舎で農業を営もうという選択が不可能な時代になっていく日もそう遠くないはずだ。なぜなら、特区によって農業参入しようという企業は、流通業として販売網を持っているところがほとんどだからである。一方で農協改革を行なうと政府は公言している。それによって安定的な作物の出荷先を農家は奪われていく危険性があって、そうなると作った作物は経済の理屈に晒される。イオンやローソンが自分の経営する農地から直接作物を店舗にまわすのだ。それと戦うということは、小さなレコードショップがamazonと戦うということとほぼイコールになってくる。ましてやamazonが自らレーベルを作って売り出し始めたようなものであって、それに勝てる戦略はなかなか見つからない。

　結局、企業と個人というものの関係は、企業に隷属するようなものでしかなくなってしまうのではなかろうか。そんな風にさえ思えてしまって、今朝のニュースにはついついため息が出てしまったのである。