これは音楽が壊れるなと、直感した。大森靖子が夏の魔物というフェスに出演した時に「大森靖子が山から走り下りてきた」と多くの人がツイートしてて、なんだなんだと思っていたら「間違いなく最高のステージ」などという賞賛も沸いてきて、どんなんだろうと思ったら、これだった。

　確かに山の上から歌いながら駆け下りてきている。これを見て僕が思い出したのは、1991年くらいだったかの、新宿日清パワーステーションでの泉谷しげるのパフォーマンス。泉谷しげるの1週間と題した連日のライブを展開していて、その日は弾き語りの日。最初からギターを激しく弾きまくっていた泉谷しげるの弦が切れ、1本ならまだしも、切れたギターを引き続けるものだから次々と切れ、残っている弦は僅かに3本という状態になってしまった。スタッフが新しいギターを差し入れるものの、泉谷しげるはそのスタッフを足蹴にして「うるせーんだよ」と。まったくもって泉谷しげるらしいパフォーマンスに観客は大盛上がり。そりゃそうだろう。泉谷しげるはそういうキャラクターが売りなのだ。その極めつけのようなパフォーマンスが偶然に飛び出したのだから盛上がる。実際僕の記憶の中でも、まったく色褪せない音楽の記憶として残っている。

　ライブの記憶というのは、音楽のパフォーマンスとは別に、その時だけの一瞬のハプニング性というものが大きく支配する。泉谷しげるの３弦ギターは僕のライブ体験ではあるが音楽体験ではない。他にはマイケルジャクソンの横浜球場で、前から６列目という絶好の席に飛んできたマイケルのバスタオルを後ろの客と引っ張り合ったことなども克明に記憶されてしまっている。その時に何をマイケルが何を歌っていたのかはもはや思い出すことさえ出来ないというのに。

　昨今CDが売れなくなってライブがミュージシャンの稼ぎの主戦場になっている。そうすると綺麗な音源を作ることに注力するよりライブで受けることに頭をしぼった方が確実に勝っていくことになる。ライブで勝つというのは、音楽とは別のハプニング性でどうインパクトを与えられるかということにつながっていく。だとすると、大森靖子の山から駆け下りてくるというパフォーマンスも正攻法ということになってくる。だが、それは音楽とは全く別の話であって、格闘技とプロレスが根本的に違っているということと通じる「何か」といえるだろう。

　僕は昔キラキラレコード所属のソロシンガーに「毎回ライブハウスにチケットノルマを払う金銭的予算があるのなら、その予算で5000円くらいのボロギターを買って、1ステージでギター1本をたたき壊すパフォーマンスをしてみるのはどうか」と提案したことがある。それも音楽とは全く関係がない。だが、普通に歌を上手に歌っているシンガーたちの中でなんとかして目立つ必要があるのであれば、音楽以外の何かで目立つことはとても大切で、だから真面目に歌っているシンガーにそういうショック療法のような提案をぶつけたのだ。もちろん僕もギターを壊すことを期待していたわけではないし、彼もボロギターを買ってくることは一度もなかった。

　だが、本当にCDが売れなくなって、ライブでの特殊体験を「最高のステージ」と尊ぶ風潮が広がっていけば、次第にステージからは音楽は無くなっていく。それはプロレスの世界になっていく。イベントだ。パフォーマンスだ。飛び道具だ。楽しめればそれでいい。音楽は、それでいいのだろうか。

　大森靖子という人は先日avexと正式に契約し、９月にメジャーデビューを果たすという。彼女はある意味不器用な人で、それがスパークする中で今のようなステージをしているのだろうと勝手に思っている。それはかつて大正九年というアーチストをすぐそばで見てきた僕にとってはデジャヴのようなパフォーマンス。大正九年が2000年代で大森靖子が2010年代という、ネット伝播の様相が違うことの前提が広まりの違いを呼んだなどということは今さら言っても仕方の無いことではあるが、状況が違っていたら本当に同じような展開になっただろうなという気がしている。狂気を内包しているのは共に同じだ。少なくとも表面上は。で、この狂気のパフォーマンスと、彼女が音楽をどのくらいのポジションとして持っているのかということはまた別の話なのだが、メジャーと契約し、CDなりライブイベントなりで稼ぐことを要求される状況になっていく以上、当然数字も求められるし、そうなるとあるタイミングから追い込まれていくのではないかと思う。それを軽々と乗り越えていけるのか、それとも潰れてしまうのかは、遠くからしか見ていない僕にはよくわからないこと。

　考えてみれば夏の魔物というフェスはそもそもプロレスがベースになっているフェスで、大森靖子が歌ったステージもリングだということを考えれば、既にライブはプロレスと一体になっていることの象徴的なステージだったのかもしれない。