なんか以前に感じたことのある違和感だと思っていた。そう、それは下鴨神社の境内の一部の樹を伐採してマンションを作る計画が持ち上がった時のことだ。

そのマンションは当時糺の森の南側にあった神社の駐車場に建設される予定だった。そのために駐車場に何本か生えていた樹を伐採する必要があった。そのことを東京のメディアが取り上げた。神聖な森の樹を切るとは何事かと。マンションを建てるために神聖な樹を切るなんてなんと罰当たりなことかと。

当時下鴨神社は21年に一度の式年遷宮が行われた直後だった。21年に一度2つある本殿をすべて建て替える。とはいっても下鴨神社は世界遺産に指定されているために建物を建て替えることはできない。だから檜皮葺の屋根を全部取り替える。本殿だけではなく舞殿や細殿などの建物の屋根も全部取り替える。これが馬鹿にならない。費用がだ。次の式年遷宮に向けて財政的な手当をしておく必要がある。現在の一番偉い神主さんは何年も前からあ白髪頭で、だからそこそこの高齢だと思う。その人が次の式年遷宮を仕切れるわけではない。だから今のうちに財政的な手当をして次の世代の後輩が苦しむことのないようにと考えたとしても当然のこと。マンション計画もその一つで、駐車場に使っていた土地を期限付きの借地権で貸し出し、そこにマンションを建てさせて、デベロッパーにはビジネスをしてもらい、神社は定期的な収入を得る。それをプールしてきたる式年遷宮に備えるのだ。賽銭収入もいいだろう。祈祷の収入もいいだろう。しかしその年々の景気によって左右されるそういった収入では安心して式年遷宮も迎えられない。

ところが、そのマンション計画に異議を唱えるメディアが現れた。いいだろう。言論は自由だ。しかし道路を隔てた駐車場の樹を「神聖な糺の森の樹」といって反対の論陣を張るのは無理がある。きっと現地を取材したことのない自称ジャーナリストの記事だったのではないだろうか。その記事を見て「なんという金儲け主義」とSNS上では批判が飛び交った。それも現地の状況を見たわけではない、「神聖な森の樹」という言葉に反応しただけなんじゃないだろうか。

その後、そのマンション計画は進められ、すでに立派な高級マンションは完成している。もちろん今となってはそのマンションを目の敵にしている人なんていない。一方で下鴨神社は本当に糺の森の樹を少々伐採して、新しい神社のお社を建てた。そこはラグビー発症の地ということで、ラグビー神社ということになっている。折しもワールドカップでラグビーが盛り上がって、ジャパンチームのユニフォームを着た人たちが週末に参拝に訪れている姿はチラホラ見かけたが、そのお社のために樹を伐採したことに反論した記事を見たことはない。

そのことを思い出した。

なぜ思い出したのかというと、昨今の京都の混雑ぶりを取り上げるニュースが最近特に目につくようになったからだ。

確かにインバウンド効果で京都には多くの外国人観光客が来るようになった。それでバスが混んだりするのも普通によくある光景になっている。だが、だからといって京都市民全員が怒りまくっているのかというとそうではない。その前から京都は観光客で溢れていた。年がら年中制服姿の修学旅行生が行き交っている。彼らは時々新幹線の構内で200人くらいで整列して先生の注意を聞かされていたりする。そういうときはさすがに邪魔だなあと思う。だがそれも修学の一部だ。よければ済むことだし、眉をひそめるようなことではない。海外からの旅行客だって素晴らしい待ちを見たいと思って来ているのだ。ありがたいことだ。僕らだってニーヨークやパリには行きたいぞ。行けば自由の女神に上りたいし、パリなら凱旋門やエッフェル塔に行きたいのは当たり前のこと。だったら海外からの旅行客が清水寺や金閣寺や伏見稲荷に行きたいのは当たり前じゃないか。無名のお寺にも素晴らしいところがあるとニュースで誰かが言っていた。そりゃそうだ。京都には2000以上の寺があり、1200もの神社があるのだ。誰もが行ったことのないローカルな名所はたくさんある。だが、それはパリに行って名もない寺院に行くのではなく、凱旋門やルーブルに行きたいのと同じで、わざわざ飛行機に何時間も乗って名もない施設に行きたいわけじゃない。そういう気持ちを察するのがおもてなしの精神じゃないのか。なのにひなびたところに行けなんて、言う人の気がしれない。

京都を駄目にした外国人旅行者というフレーズは一部の日本人にとって心地良いのかもしれない。だが、そんなのはやはり駄目だ。旅行者が京都の風景を変えたとか言うが、旅行者がこなくても街の景観は変わる。今や市電などなく、市バスが走るのみである。つい最近図書館で借りた本に「京都百景」という写真集がある。昭和29年から30年にかけて撮影された京都の風景が収められている。すべてが違う。新京極に屋根はなく、街には市電用の電線が張り巡らされている。当時の人は、その街の光景が原風景であって、あらゆる変化を乗り越えてきたのだろうし、それ以前の人にとってはその昭和20年代の光景ですら変わってしまった後の台無しな京都の光景だったのかもしれない。

街は常に変化する。京都という街は旧い町並みや建物を残しつつも、果敢に新しいものを取り入れてきた場所だ。今の変化もまた軽々と飲み込んでいくのだろうし、その次の時代も同じ変化を繰り返していくのだろう。今に執着し変化を嫌悪するのは、実は京都の精神とはかけ離れたものだ。たくさんやってくる海外の波を受け入れこそすれ、必要以上に拒むことは、京都の自死でしかない。もちろん、そこに暮らす者の生活とのバランスは必要だ。その通りが写真撮影禁止といえばそれがマナーになる。だから旅行者はおろか生活者もまたそのマナーに従わなければならない。だが、京都に住んでいないしそんなに訪れるわけでもない人たちが遠くから観光公害みたいな言葉を使って、オーバーツーリズムみたいな言葉を使って、京都に魅力を感じ大金を叩いてやってきてくれる人たちのことを揶揄することはまったく別のことだ。その部外者の人たちが単なるネタとして京都を消費しようとする感じがとても気になったし、下鴨神社マンションの件を思い出させたのだ。

そもそも、生まれも育ちも京都の人はめったに清水寺にも金閣寺にも行かないよ。そのことはPTAで知り合った数人の保護者に聞いて確信した。観光地にまったく興味がないのだ。だってそうだろう、東京の人が東京タワーに喜んで何回も登るか？ 清水寺の参道だって、観光客目当てのお店でにぎやかだ。普通の時には夕方6時にはシャッターを下ろす参道の土産物屋も、夜間拝観が始まれば暗くなってもなお営業をしている。地元の人はしたたかだ。地元の商人はもっとしたたかだ。紅葉でごった返す名所になんて行かないだろうし、もっと通の地元民はコネを使ってお寺の人にお願いし、開場前の誰もいない境内に入っていくだろう。オーバーツーリズムとやらで混雑している観光客は混雑することをわかってて行くのだし、混雑しててもなお楽しんでいるのだから、一体誰が損しているのだろう。それでも混雑する京都を嘆くのは、ガラガラで誰も並ばないディズニーランドを望んでいるようなものだと思う。ほら、ディズニーランドでお客さんは事前にリサーチし、人気のアトラクションに並ぼうとする。あまり人気のないアトラクションに「並ばずに済むから」という理由で並んだりはしないものだ。